人は老いと死に勝てることはなく、また、生こそが多難にすぎるものです。それでも、まだ命を留めているという、達成感や安堵感によって、いかされることもあります。
たまには、看病や介護に明け暮れている人たちへの情報交換として書きましょう。
高齢者である家族を、しばしば救急外来に連れて行くことになります。付き添っているこちらもシニアながら、何度体験しても気が動転します。そして、大病院に働く人々の若さに眼が眩みそうになります。いや、その元気さが頼もしい限りなのです。
肺炎や感染症を恐れて、高熱を出した高齢者を救急外来に連れて行ったとしましょう。「単なる風邪の症状だ」と医師は言って、検査結果を待つ間に食事を摂ってもかまわないことになります。
それから、こんな医師や看護師や相談員のこんな診断やらご意見やご下問があったことなど、微に入り細に入り書き綴ったとしたら、膨大な小説になってしまいそうです。できるだけ割愛して記しましょう。
命を救ってくださることには、謝意を表しなくてなりません。ただ、病院もまた、社会の一環であることを痛切に感じます。ハードとしては歴史的に築かれた不夜城であっても、次世代の研修施設なのです。さらに、人知は万能ではないので、その治療行為が試行錯誤に似ていることがあります。この分野に疎い者にはそう見えただけなのか、それは、こちらにはわかりません。
検査結果がでると専門医は、「天寿をまっとうしたと思ってください」と言います。入院となり、誤嚥を恐れて厳戒令、つまり禁食の元での加療となります。とりあえず、何を食べてもいけないのです。
そこに、老病者が食べなくなることの原因がわからないので研究している、それに協力してもらいたいと言う専門家が現れます。家族としては、回復をめざした治療を優先してもらえると思っていたのですが。
若くて丈夫な人のダイエットには向いているような(つまり食欲減退しそうな)病院食とは関係あるのかどうか?まったく素人には判断がつきません。歯が丈夫な高齢者に、単一な流動食とか、何でも小さなサイコロに刻んだメニューばかりです。一人一人に合わせることが、急性期病院ではできないと言われましたので。それは了承済なのですね。
病気を治すことにエネルギーを傾けているときには、摂食に防御が働くのかもしれないとは思います。ですが、病後にその防御が解消しないケースへの疑問と対策が、なるほど専門的には山々あるのでしょうね。
不夜城では、若さと元気のどちらか片方が欠けただけで、不眠になるような気がします。それが、夜間眠ってもらうためには、昼間は起こしておかなくてはならないと、入院患者を車椅子でステーションなどあちこち連れまわします。病人の神経が高ぶって効果がないどころか悪循環になっても、看護師の交代勤務で延々とそれが行われます。昼寝の一時間もさせてくれないのですよ。
よく聞こえている者の耳元で、耳が遠い方に対するような若い方の大声が響きますと、混乱が始まることがあります。不眠や不穏に陥る高齢者は、環境への適応力を失っているのだそうです。それをことさらにいうのは、働き盛りの目線からの観察。後半生を視野に入れた人生観からすれば、個人差はありますが、年齢と共に悠悠自適を志向し、社会人を卒業していくものです。適応力の準備がないのは当たり前のような。病気のために、治療を受けるという加重がかかっているときに、これまでに経験薄かった環境に馴染めないのも自然の理。最善の治療を受けられると思って入った大病院自体が、本人の身体にいわばアレルギーを起こさせる存在であったら、どうなのでしょうか。不穏な高齢者に薬を飲ませたり、食事を摂らせたりするのが不得手な(できない)専門職も、プロとして立派に働いているのが社会というものです。介護施設についても、同様のことが懸念されてきます。
壮年者の観点から設けられた施設や介護サービス制度であれば、ダメージを受けている老齢者に合うものなのかどうか、本人も家族もただ逡巡します。それに対して、年齢が高くなると判断力が鈍るという評がありました。無論、お決まりの専門用語もしばしば聞かされました。
高齢者の世話は、いわゆる勤務とは違って休暇がありません。常に、滋養のある食品や心身の安息を運んでやらなくてはならないからです。その者が、自宅に居ようが入院・入所していようが、同じことです。「今の季節、柿が一番いいよ」と言われて、いまさらながら医食同源を想います。さらに、世間的な医療や介護のことにも、本人に代わって対応しなくてはなりません。
体調管理や通院介助、付き添いには、時間を奪われます。それから、様々な申請書やら何やらの煩わしくわけのわからない書類が多々あり、それが、次々に、あとを絶たずに襲って来ます。多様なサービス内容は把握しきれないくらいです。
引退して、晴耕雨読のはずの生活が、雨の日も風の日も・・・、それらのことに忙殺されます。こちらの健康管理やライフワークが棚上げ、とか言ってみても無駄なこと。何にしても産業なのですから、金銭や人の命に直結しないことには、感知がなく手薄になります。
私事ながら。今年91歳の母親が、複数の病名を乗り越えて、嬉しそうにカレーライスを完食するようになったところです。もともとなにかと過敏症ですが、自分が好むものはよく食べます。以前と同じように野川公園へのドライブも再開しました。入院中に、一句作りましたが、これまでのようにはできないことを悩んでいます。
ともかくも、七週間余り不夜城に付き添ったとき、芭蕉の句に老病の焦燥を詠んだものがあることがしきりに思い起こされました。こういう心境にならないうちが華なのだ、という鑑賞もあるように思われてきます。
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
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