Dioの会の始まり/Blog

Dioの会、実行委員y.s.によるブログです。 


Dioの会の活動と折々の感想を書いています。

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2020年10月23日 21時34分

真面目過ぎて恐縮です

 世界的なコロナ禍が始まってからというもの、これということに手がつかなくなり、かろうじて野菜作りをしています。まずは免疫力のことに関心が向きました。そして、新型コロナウイルスの脅威について、感染防止や健康維持について、考えないわけにはいかなくなりました。自分のような者が考えても仕方ないわけなのですが、農作物の自然栽培から環境問題、感染症に強い街や国ということまでもおさらいして思いをめぐらせました。
 真面目すぎることを自覚しているところです。(⇒好きな野菜とハーブ

 ネット上の記事も、これまでよりは気にかけてみることになります。
 イヴァンカ・トランプ大統領補佐官が、(パンデミック中の自粛期間に)ゲームなどに興じて優雅に過ごしていたと発言して炎上したのだそうです。

 このことで、国民の窮状が理解の外だった無邪気なマリー・アントワネット王妃のことが脳裡にに浮かびました。そして、イヴァンカ氏のファッション性に、旧い宮廷貴族を思わせるようなところがあるのに気づきました。例えば実に様々なシーンでの執拗なピンヒールとか。上流ファッションを牽引しているのでしょう、と文化を尊重しようとしても。健康を害する恐れのあるほど高くて細いヒールですよ。そのこだわりがなんともわかりません。

 つまり、日本では馴染みの薄いソーシャライト(社交界の名士)は、われわれ一般シニアには奇異にしか見えないということなのかも知れません。
 世界的なコロナ禍を契機として、改めて勉強させられることが本当にたくさんあります。

  炎上  ファッション




2020年10月14日 21時58分

予約制に慣れなくては・・・

 コロナ禍が続くなか、人の密集を防ぐための対策として、予約制が浸透しています。
 インフルエンザの予防接種は、9月末に電話を入れたところ、11月上旬の予約になりました。地域や医院によって対応は異なるようですが、忘れずに受けなくてはなりません。

 いつでも誰にでも公開されているはずのミュージアムのことになりますが、休館日が増えたり、入館には予約が必要になったところもあるようです。オンライン予約は、慣れてしまえば便利かも知れません。
 いまさらですが、こんなときこそ展覧会を鑑賞する余裕を持てるといいですね。

 東京生まれで、現在も東京郊外に住んで活躍なさっているイラストレーター水森亜土の展覧会が開催されています。

   いつみても、いつでもラブリー♥ 水森亜土展

 10月25日まで。美術館のHPから事前予約にすすむことができるようになっています。

 弥生美術館 竹久夢二美術館

 東京の展覧会




2020年10月07日 20時17分

粕谷図書館 徳富蘆花コーナー講演会

 世田谷にゆかりの深い徳富蘆花についての講演会が開催されます。
 近隣の図書館に、お出かけするのはいいかもしれません。マスクをお忘れなくとのことです。

 演題:旅する徳富蘆花
 講師:布川純子氏
 日時:10月30日(金)13:30~15:30
 申し込み:10月10日(土)より 電話にて受付  
    世田谷区立粕谷図書館(Tel:03-3305-1661 9時~19時 月曜休館)
    先着40名(参加費無料)


  粕谷図書館蘆花コーナー



2020年10月06日 23時11分

「人権」について

 いつも世界は悲嘆に満ちています。コロナ禍の今は、悲報や、深刻な事態が次々にニュースとして伝えられてきます。
 感染拡大が収まらない米国では、大統領選が間近に迫っています。感染症に罹患し完治しないままの大統領は、入院加療を短期で終えて、ホワイトハウスの執務室に戻ることを強行するようです。科学者の警告に反するように、新型コロナウイルスを恐れるなというメッセージを発してはいるのですが・・・。

 そんななかで、世間の動きから目をそらすことはできないにしても、少しでも爽やかな話題を求めてしまいます。
 ファンというか、ミーハーで恐縮ですが、テニスの大坂なおみ選手に注目がつづきます。彼女は人種差別への抗議運動を支持していて、スポーツと政治を混同するなという意見については、政治以前の人権の問題と断じています。
 どういう職業の人は人権に関する発言が制限されるとか、誰かが決めるとしたら、それ自体が偏見というか人権侵害なのであり、なるほど正論です。
 世の中では正論は通らないから、経験を積んで社会的地位を築いてからいいなさい、とか年寄りがいいそうなことがあります。ですが、実のところはどのような地位についても、「老害」呼ばわりされるようになります。
 若い大坂選手は女子テニスで世界制覇をしながら言っているのです。

 世界を救ってくれるのは、老政治家なのか、ステイタスを獲得しているジャンヌ・ダルクなのか・・・人の世はわからないことばかりです。

 ウイルスを侮るな

 人権  大坂選手の発言内容




2020年09月23日 10時52分

凡人には難しい?! 衛生品の迅速な流布と支援が必要な人々への視線

 お金の使い方、有効な施策、というのは、とても難しいことです。そういうことについて、勉強だけでもと検索してみましても、やはり良い例をさがすこと自体が困難です。

 個性的なアイデアで、出どころが明らかなお金を、狙いの支援ができる機関に寄付するというサーブを決めているのは、大坂なおみ選手です。コロナ禍において、一般へのマスクの流布と共に、支援が届きにくい人々に手を差し伸べる活動への寄付が行われています。

 なるほど、マスクなどは配布するよりも、販売の方が迅速な成果がでることはあります。(大坂選手の販売は、米国をはじめ世界的な感染の波が増大したときに、タイムリーに注意喚起を促す役割をも果たしているとみえます。)

 それでは、ですね。例えば、本業では稼ぎにくくなっている銀行と動物園がコラボして、パンダ柄のマスクやシ-ルド、消毒液などを販売して、経営資金にするとともにコロナ禍で苦しむ人々への寄付にあてては、などと思ってはみますけれども・・・。なんとも、です。  

 30分で完売の第二弾  大坂選手デザインの黒マスクと寄付行為



2020年09月21日 12時55分

消毒液など

 今は、消毒液も、マスクもペーパー類も店頭に並んでいます。
 ですけれども、ほんの数か月前です。何もなくなって、病院では防護服がないということが報道されていたのでした。フェイスシールドやアクリル板、検温器の活用など各種の対策は、なんとか行われてきているような状況です。

 これからインフルエンザの季節になります。例年でもかかりつけのクリニックではマスクをした人々で密の状態になるのに、本当に予防接種が受けられるのかしら?(1.医療体制)
 それ以前に消毒液や薬用ハンドソープは再びなくなってしまう恐れは、ないのでしょうか?(1.日用品、衛生品)
 感染拡大やクラスターはどこででも起こりえます。限られた業種の店舗や施設だけではありません。
 また、理不尽に営業自粛を余儀なくされる人が身近にでることがないといいのですが?(1.経済生活)
 個人的にはそういうことが不安でたまりません。 三つの不安。

 総選挙の時期とか、新政権の政治力とか、関心がある方々にはそうなのでしょう。「悪しきナントカカントカ」を止めさせて、デジタル庁をつくらなくては、何もできないというなら、そうなのか、と思うだけです。

 感染拡大を防止しながら、経済社会活動を再生していくということでした。そういうことについて堅実な情報が発信されるなら、継承内閣としてとりあえずは有難いような気がします。

 消毒液と密について

 早く助けて



2020年09月19日 12時24分

産地記載の嬉しい食材

 近頃、食材に産地が明記されているのは嬉しいことです。いきつけのスーパーやコンビニで、故郷である北海道産の食品を選んで買うことは、日々の楽しみのひとつになっています。北海道のマークのついたパッケージで気に入ったのがあると、自宅に持ち帰ってからスマホ撮りしておくほどに胸がときめきます。望郷の念が癒されます。

  玉葱、人参、トマト、椎茸、豆腐、それに鶏肉、生鮭などのいつもの食材は、ほぼ北海道産の味と品質にこだわることができています。無論、メロンや大振りなアスバラなど、近隣の店舗にはないような季節ものを入手するルートもあります。
 ちなみに、平飼卵と野菜の一部は、鮮度重視で現居住地の地元産のものを選ぶ習慣になっています。

 それで、少し引っかかっています。「ふるさと納税」というのが何かと話題になっても、仕組みが把握できず、どういうわけでそういうものが必要なのか、わからなくなってしまうのです。
 おそらくは、稼ぎ盛りで税金のことをよく考えていて、おいしいものを贅沢に食べたいおじさん方の発想の範疇にある制度なのかも、と思うほかありません。
  さらに、「Go To」と言われても、どこへ行けというのでしょう? 片道切符の人生途上で。コロナ禍で。

 政権というのも、ほかの内閣よりはよさそう、とか、ほかの人よりは人柄がよさそう、という思惑で選ばれるだけでしかないようです。人間のすることですから、そんなに批判視することなのかはわかりません。

 静かにシニア生活を過ごしたいだけの当方なのですが、やはり人の世は落ち着かなく勉強させられることが次々にあります。
 どのように経済政策しても格差が広がり、救済にはなっていない、という意見も相変わらず少なくないのです。必要とする人々に寄り添うような施策というのは、難しいのでしょうか。そう思ってしまう日々です。

  豊さのなかの貧困


  追記参照:知って欲しいこと



2020年09月13日 16時58分

勝ちましたね

 大坂なおみ選手、テニス・全米オープン、女子シングルス(9.12)優勝。
 スポーツ観戦も普段はたいして興味を持たないのですが、なおみ選手の存在は特別に魅力的です。

 コロナ禍にもかかわらず、力強い活躍をみせてくださるような方々はいらっしゃいます。そんなときには、日々の活力をいただけるような気がします。


 大坂なおみ 「どんなメッセージ」



2020年09月12日 21時52分

皇室と宮家について

 畏れおおい皇室については、特に知識があるわけではありません。
 近年、継承のことがしばしば議論されているようですが、わかりにくいために気になりました。

 皇室の構成員が少なくなってきていて、皇室の継承が心配されるようになってきたことが言われています。しかも男性皇族が少ないのです。ご公務を担う方が減少したという表現がされることがあります。
 日本の皇室は「男系男子」で継承されることになっています。その男性が少ないのですから、男女の別なく長子が継いで、男女平等にして女性宮家を設けることにするという案はあるのですが、方向性が決まらないようです。

  世界的にも男系男子が王室を継ぐことが主流です。例外をとおしても、次代にも男子が生まれることなく、「女系女子」が継ぐことになっては、よそ者の侵略になるという懸念さえいう人がいます。島国らしい心配症のような、率直にいうと理解に苦しむようなご意見があるようです。
 旧皇族に皇籍復帰していただいて継ぐという発案まであります。一般人にはなかなかややこしい仕組みです。男尊女卑でも人権軽視でもないという想いで、こだわりの強い方々がさまざまに発想されているらしいのです。

 ネット上には、働いて自立してくれないか、一家そろって暇があっていいなあ、というような意見がみられることがあります。これは、国が定めた範囲で活動なさっている宮家の方々には暴言に等しいことです。ですが、今日の納税者のいつわらない声なのかもしれません。もしもそうだとしたなら、宮家を増やすこと自体が、現実的には難しいでしょう。

 議論としては興味深いことなのではないかと理解しました。
 血筋と家という概念を重んじるのは、大そうなことです。時代に沿った象徴と皇室の在り方を模索することになりますが、先のことははかりかねるということかもしれません。   

  令和皇室の宿題  #1 / #2



2020年09月09日 12時26分

万歳、飛沫が飛ぶよね

 大正期前後からそれ以降の文化を顧みる活動は、ほそぼそとないわけではありませんが。当会は、ほぼ世捨て人のような存在になっています。ですから、なにかと気が散って、邪気のない感想を漏らすことになります。

 コロナ禍では世界中が困りはて、迷走する日本の政治もとうとう行き詰まり、来週には総裁選とかが行われることになったようです。
 自分の生活で忙しいから、おじさんたちの万歳三唱は聞き飽きたけど聞いていなければいいのよ、政治家による政治のための政治で、人材がいない、というような口吻が・・・まだ日程的には新政権が決まらないうちから聞こえてきます。

 聞いた話に過ぎませんが。総理総裁の候補に、女性がひとりも入ってない、女性の活躍という施策の成果がこれ?という観点があるそうです。
 私人の在り方なのか、女性の在り方なのかも知りませんが。「家庭内野党」というポリシーは理解されにくかったとしても、風穴を開けたということはあったように覚えます。いまさらですが、水面下での人望は意外に集めたのかもしれません。「一強」と呼ばれた政治家の配偶者としてさすがな方はいらっしゃいます。


 なににしても、素人めいた感慨は深まります。〈金よこせ運動〉を止められる人とか、〈百姓万歳〉を心底から叫ぶことのできる人とか、誰もが諦めているのでしょうかね。

  恩師が苦言



2020年09月04日 20時48分
自宅で身を守るために
 やがてインフルエンザの季節になります。予防接種の準備についてなどが話題になっています。PCR検査は実施数は増えてきてはいるけれども、個人が受けることができる機会は意外に少ないことなども言われています。

 7月9日の当ブログで、自宅療養について食料確保や常備薬を中心に考えましたが、さらに気になります。
 医療の逼迫を未然に防ぐという社会的なことに協力すると共に、自分で自分の身を守るために、慎重に考えたいことです。

 仮に、風邪かインフルエンザだろうと思って、自主隔離して自宅療養をしていたとします。新型コロナに罹患していて症状が中程度以上だったら、もう入院して医療機関に頼るほかないわけですが、まだ陽性かどうかのPCR検査の結果がでてないときとか、ごく軽症か無症状だった場合には、自宅に居る可能性が少なくありません。
 ですが、インフルエンザか軽症の新型コロナかと思っているうちに、急激に重症化してしまう、という怖れがあります。新型コロナウイルスにより引き起こされる肺炎は、サイレントキラーと言われています。本人が気づかないうちに進行し、命が危険にさらされ高度な医療が必要な段階になるのが急速な場合があるのだそうです。

 この恐ろしい肺炎について、速やかに気づかなくては、身を守ることができません。
 一般人にはわかりにくい医療のことなので、これまで見た記事を頭のなかで整理してみましょう。
 検温するのと同じように、血中の酸素飽和度というものを日に何度か測ればいいのでした。普通なら90~100%くらいあるのだそうです。

 パルスオキシメーターというもので異常値かどうかを測ることができて、これは名称は聞き慣れないけれども入手することは容易な機器です。病院で指先に挟むようにして測定されたことがある人も多いと思います。 正常値なら少なくとも肺炎は進行していないという一応の安心が得られます。

 換気や人と人の距離を保つことに気を付け、手洗いや消毒、マスクの着用などを忘れないこと。そういう注意をし続けると共に、家庭では“新しい”機器を備えることも課題となりそうです。

  酸素飽和度測定
 受診の目安と症状



2020年08月17日 14時55分

“日本茶(緑茶)”愛好の文化

 感染再拡大と言われている世界のうちで、日本は被害が少ない方の国です。
 このことについて、どうしてなのかということが話題になっていまして気になるところです。
 ネット上では、マスク着用や手洗いの習慣があるから、家のなかには土足で入らない生活習慣だからというようなことが取り上げられていることが多いようです。BCG予防接種をしている国であるからという説もあるようです。

 日本茶(緑茶)に含まれる特にタンニンの健康効果というのは、以前からかなり言われています。西洋のハーブティーにも風邪や炎症に効くもの、抗ウイルス効果が言われているものがあります。
  検索してみましたら、やはりありました。様々な健康効果についての数々の報告と、抗ウイルス効果について。さらには、新型コロナウイルスによる死亡率の低さを、緑茶を飲む習慣と結び付けている論もありました。

 お茶を淹れる(成分の浸出を理想的に行う)という課題があります。家庭で2、3時間おきに飲んでいれば効果を得られると言ってしまっていいかどうかはわかりません。
 ただ、日本文化にこだわる者としては、日本の緑茶愛好については顧みたい伝統文化であるとは思います。

   緑茶 緑茶の推奨 緑茶の効能



2020年08月15日 22時06分

「正しく」ウイズコロナ?

 熱中症を恐れてしまう猛暑日続きです。
 ただ、夏はそのうち終わるにしても、感染拡大はそう簡単には収まらないことを誰もが察するような数値が発表されています。

 換気の大切さが言われて、それが励行されるようになって来ています。換気がいいのは爽快なことです。
 冷房中ですのでドアをお閉めください、という態勢の下で夏風邪をひき易くなることもなくなってくるように思われます。
  ただし、とあるところで、空調機が故障中となっていることに気づきました。従来の空調機では、窓を開け放した状態で稼働を維持するのは無理があるのかも知れません。

 また、無症状の人からの感染もあるたるため、無駄なおしゃべりをして飛沫をとばし合うことを控えるようになったのも、歓迎されるマナーです。耳障りなことがないのは快適です。
 ですが、店舗や施設などに林立するアクリル板により、人と人の必要な会話もなりたちにくいことを経験するようになりました。

 日常的な留意だけではなく、通気性のいい建築設計や、パワーのある空調機、機能的なシールド等々、何かこれというような開発がないのでしょうか。屋内や人混みでの感染リスクは、治療薬ができたにしても脅威であり続けると思われます。

 扇子を持ち歩き、口元を覆いながら会話をし、あおいで換気をうながす、というようなことも奥ゆかしくていいですけどね。個人ですと、そんなレベルのことに終始するのは仕方ないわけですが・・・。

   
新型コロナ「正しく恐れて」



2020年08月03日 11時54分

「非凡」ということ

 手が白く
 且つ大なりき
 非凡なる人といはるる男に會ひしに

 非凡なる人のごとくにふるまへる
 後のさびしさは
 何にかたぐへむ
           (『一握の砂』より)

 若い啄木は、誰に会ったのだろう、と真剣に考えてしまいました。「手が白く 且つ大なりき」というフレーズには、相手は芸術家だったのではないかという気がします。「非凡」であることや、人と「会」うことへの関心は、年若い人に高いように思うために、こちらの疑問はきわめて冷静でもあります。実際に、啄木は誰と会ったのでしょうか。

 「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄が東京市長をしていたときに、啄木の訪問を受けていたという説がみつかりました。この偉人は94才まで衆議院議員を務め、当選25回という記録を残しています。清廉潔白な気質ながら、借金をして返さなかったという逸話があり、啄木も真似したのでしょうかね。

 さて、コロナ禍の下、尽力してくださっている指導的立場の方々の会見が、日毎に報道されます。どういうわけか、「非凡」という価値観は薄れているような昨今です。時代が疲弊してしまったからなのでしょうか。

    尾崎行雄と啄木



2020年07月14日 11時11分

 謎。“新しい”のか、「免罪符」なのか

 この話題、少し疲れたのでお休みしたいなあ、と思っていたところ。またニュースです。
 世界の大富豪が、公開書簡で「コロナ税」を払おうと言っているというのです。

 素朴すぎるような感想になりますが。おおよそ、富豪というのは、税金逃れが得意技で通っていませんか。意表を突かれます。

 従来、「寄付」のような形はあったと思うのですが。今回のコロナ禍は、広く深く社会的な問題であるために、「納税」というかたちを選ぼうとなさっているのでしょうか?

  あるいは、巨万の富を築いた方々にしても、ロックダウンしても経済社会活動が保てる方法なんかわからないから、お金をだそうということでしょうか。それにどのような地位があってもお金があっても、病と死は誰にでも襲いかかります。
 だから、自分たちも税金払おうと観念したのでしょうかね。

   
超富裕層は「コロナ税」納付を



2020年07月12日 19時10分

コロナ鬱はつづく

 当Dioの会の周辺でも、コロナ禍とコロナ鬱の話題ばかりです。
 「私たちのような者が10万円もらっても仕方ないのよね。(まだ、会食にも旅行にも行きたい気持ちではないし)」という用心深い声を聞きます。
 余暇のある人ではなく、体調を崩しても休めないような人やそういう職場、さらに休業のリスク(負債)を抱えた方面に対策が向いてもらいたい、という意見のようです。
 納めすぎた税金を返してもらって、気づくこともあるようです。

 東京を中心に感染拡大しつつあり、ここ一週間の罹患では20代30代が7割を占めるそうです。重症者は少なくなってきていますし、諸外国からみれば感染者数としては落ち着いています。ですが、いつ感染爆発が起きないとも限らないと言われています。

 もしも、治療薬が開発されたとしても、感染そのものはなくならないでしょう。
 奮闘中の医療従事者をはじめとする一線の方々。対策を講じながらも従来のような仕事、活動ができないでいるさまざまな立場の方々。鬱々とした状況は長引きそうです。
 誰にとってもの“新しい”社会の在り方は、なかなか見えてこないようです。




2020年07月09日 21時16分

自宅療養を実践的に考えてみると

 俺ひとり下宿屋にやりてくれぬかと、
  今日も、あやふく、
  いひ出でしかな。  (『悲しき玩具』より)

 今日、新型コロナについては、入院が不要な軽症者には自宅療養とホテル療養のどちらかを選べると聞きました。家庭内感染や、看病、食事の世話などの家族の負担は回避できるかも知れません。

 自分なら自宅療養を選びたいのが本音です。いつもの食事や生活がしたいからです。
 普通の風邪やインフルエンザにしても、外を出歩きたいわけではありません。ですが、食料の買い出しは必要になる、ということに気づきました。

 感染症に備えて、二週間分くらいの食料の備蓄はしておいてもいいだろうと思い、実践してみることにしました。常備薬などはよく点検し、オンラインで薬を届けてくれる薬局のチラシも確保しました。

 食品のうち、主食は、米、レトルト粥、麺類、玄米フレーク等、保管は比較的容易です。肉、魚類は、冷凍、缶詰などで揃え、また食べやすいチーズやソーセージ類も利用できます。調味料、乾物、豆乳、トマトジュースなども保管できます。のど飴など菓子類も大丈夫です。

 課題となるのは、乳製品と野菜などの生鮮食品です。二週間分を冷蔵庫におくと嵩張ります。また、次々に消費しながら買い足して、いつでも発病したときに二週間分が保管されているようにするとしたら、相当な数量の管理になります。
 鮮度を保てないこともありますし、雑炊と味噌汁で白菜はしらないうちに使ってしまっていた、というようなこともあります。
 ベランダ菜園で、ネギ、ルコッラ、パセリ等はポット植えにしてあります。それでも青菜の二週間分は難しい。

 弱気になったときには何を食べるだろうと考えます。個人的な意見ですが、普段の食材のうち調理しやすく消化のいいものです。
 外食系店舗がどのようにデリバリーをしてくださっても、ですね。プレーンヨーグルト、平飼い卵、絹豆腐、ブロッコリー、生姜、キノコ類、バナナ、焼き芋など、免疫力応援パックの食材があったら注文するなぁ、と妄想することになりました。



2020年07月06日 11時09分

コロナ禍はれてくれるといいのですが

 雨降れば
 わが家の人誰も誰も沈める顔す
 雨霽(は)れよかし  (『一握の砂』より)

 梅雨時でなくとも、雨降りの憂鬱はたまらないものです。これがまじめに詠まれている歌で、「誰も誰も」という純な表現に惹かれます。

 コロナ禍はれてくれ、誰もがコロナ鬱に沈んでいる、というのは今の心境です。

 個人的には、近頃の感染拡大を回避しようという動きを、ほぼ受け入れることができます。 本来的に、人と人の距離を適度に保つのは快適なことです。きれい好きもいいでしょう。

 ですが、いかがなものかと思うこともあります。例えば、動画やリモートの導入を勧められると、本当に誰にでも必要なことなのかしらという心理になってしまうのです。

 台風・大雨のシーズンも始まっています。自然災害や経営難、就業難などの諸問題が感染拡大のリスクの元に一挙に噴き出すこと、それがもっとものコロナ禍かも知れません。
 医療の逼迫ということも言われましたが、リモートで就業しにくい看護師、介護士、保育士などの職種もあります。観客が集うのが前提のイベントや接客業もあります。業種ごとの対策とかガイドラインといっても、簡単なことではないでしょう。

 自粛や休業が繰り返されること自体、できるだけ避けたいことです。
 仕事が何もなくなって、貯金を切り崩して生活しているほかないというフリーランスの方の話も聞きます。在宅勤務できるような方々のシステムを整えても、それはそれだけのことです。
 「誰も」におけるコロナ禍を食い止める態勢となり、コロナ鬱が少しでもはれてくれることを願います。



2020年07月01日 23時14分

「よごれたる手を」

 よごれたる手を洗ひし時の
 かすかなる満足が
 今日の満足なりき。(『悲しき玩具』より)

 きれい好きにとっては、手洗いや清掃、除菌などの励行は、新しいことでも何でもありません。

 パンデミックに動転した年前半でした。世界的なロックダウンや渡航禁止があり、国内では緊急事態宣言や一斉休校、休業要請など、考えたこともないようなことが起きました。

  ただ、国内では感染爆発と医療崩壊は回避することができました。感染がなくなったわけではありませんが、入院患者も徐々に減少して来ました。「かすかなる満足が」味わえるほどです。

 日常に限った視点では何でもないことですが、把握し難い事態になっています。それをどのように言えばいいのかわかりません。



2020年06月29日 19時30分

感染止まらず、出不精に

 ほぼすべての業種が、感染防止対策をとりながら、元のような営業態勢にもどりつつあります。それでも、特にシニアの間では外出を先延ばししているという声を聞きます。
 少し足を延ばしてでかけた場合、先々で本当に必要な対策がとられていて、それが功を奏しているか、見えないからです。
 コロナ禍における大局だけではなく、個人としての防御もあります。

 感染防止の観点からいえば、外出を控える人がいるのは悪いことではありません。利用者としては、何にしても混みあうことがないのはむしろ快適です。
 予約制も入場制限も、運営側のご苦労はあるでしょうけれども、受け入れることはできます。

 ですが、どうしてこれまで、医療機関にしても一般社会においても、例えば、フェイスシールドの装着や発熱チェック、消毒・除菌みたいなことが普及や徹底されていなかったのでしょう。換気の必要だって、知らない人は居ないと思うのですが。

  見解がまとまっていなかったのでしょう。これからも万全ということはあり得ないかもしれません。

 第二波、第三波は、やはり来るという説が有力なようです。

 どちら方面も開店休業、になってしまいがちなのかなあ、と。
 ただ、有効な対策の実施を確認できるところには、利用者はもどってきているということはあるでしょう。対策ができている事業は生き延びてくださって、私たちの活動を支えてくれるのではないかなあ、という期待はしています。



2020年06月26日 10時17分

カッコウの斉唱・・・

 ふと思ふ
 ふるさとにゐて日毎聴きし雀の鳴くを
 三年(みとせ)聴かざり    (『一握の砂』より)

 啄木が住んだ小石川区(現在の文京区の西半分の地域)は、明治中期には、産業化が進んだと言われています。明治後期に雀も居なかったのでしょうか。

 東京に長く住んで、何度か転居しましたが、早朝の雀の鳴き声が聴けたこともあればそうでなかったこともあったと思います。いずれにしても、かつて故郷で聴いた賑やかな響きがなくて、物足りなさを覚えたものです。
  近年では、ムクドリやヒヨドリが多いのではないでしょうか。

 田園地帯では、雀は籾殻をよく食べるために害鳥とみなされることがあるそうです。ですが、むしろ食物の豊富な街中では、可愛らしい姿とチュンチュンという鳴き声は人気を集めます。
  昭和期ころまでは、雀や鳩など人家近く集まる鳥類は、放し飼いの半ばペットのような存在だったと偲ばれます。

 さて、ごく最近の令和の夜半のことです。
 どこかのお宅で目覚まし時計が壊れたのかと思いました。耳慣れないカッコウ(閑古鳥)の鳴き声が、かすかにですが甲高く響いてとまらないからです。
  それは、明け方にも日が高くなっても聴こえ、空耳ではないことを認めないわけにはいかなくなりました。
 とある午後には、近くの八幡神社の境内から聴こえてきているらしいことがわかりました。

 車が騒音たてる表通りから少し入ると、畑はまだ残っているところもあります。ですが、密集化が進行中の住宅街です。
 それが、高原の森林地帯のように錯覚されるわけです。(『悲しき玩具』の歌では閑古鳥を夢に聴いています)

 わけがわからないままに日が経って、ふと思いました。
 もしかすると、人間界の自粛とか休業の影響でしょうか。放し飼いのペットとして、あるいは共生する益鳥として、閑古鳥が俄かに市民権を得たのかもしれません。




2020年06月23日 14時41分

「役にたたざるうた人と」

 實務には役にたたざるうた人と
 我を見る人に
 金借りにけり

 何事も金金とわらひ
 すこし経て
 またも俄かに不平つのり來(く)

 たまたま思うのですが。啄木について、どこがまじめで新しいのか、考えることは今日でも有効なことかもしれないのです。
  東京では感染者がなくなりません。ですが、岩手県では感染者ゼロを固守しています。啄木を考えることで、岩手県の県民性、ひいては日本人の特質に気づくことができるかもしれないからです。

 前掲した歌についてですが。歌人や詩人が実務には役に立たないとする見方は、きわめて伝統的なものです。しかしながら、資本主義社会で借金ができるというのは、それなりの能力であるといえます。
 また、金権主義(政治)を笑って無視しても、やはりそこに生きているのです。

 啄木は、伝統や世間の観点をふまえながら作者自身の在り様をみせるという歌の世界をほぼ順守しています。社会通念を裏切っている自己を表出しても諧謔に傾かず、シリアスさを崩しません。粘り強く自分自身を見出しては、報告しています。

 内攻性の強い気質は、日本人、特に北国の人の特性でしょう。その特質により、自己凝視による新発見とリアル表現の追究をしているのです。
 これまでにない難局も切り拓くかもしれない能力、という感想を持っているところですが・・・。

 ちなみに、狂歌という短歌のうちの諧謔の分野を顧みると、これはこれで、コロナ鬱を吹き飛ばす薬効を感じます。人生途上で何回遭遇しても、全身が笑ってしまう歌があります。

  名月を取ってくれろと泣く子かな それにつけても金の欲しさよ
   (下の句を名句など何にでもつける言葉遊び。江戸中期に流行)

 世の中に寝るほど楽はなかりけり浮世の馬鹿は起きて働く
                       (詠み人知らず)




2020年06月22日 14時22分

「新しきサラドの皿の/酢のかをり」

 「新しい生活様式」が、しきりに言われるようになりました。新型コロナ感染予防として、人と人の距離をあけることやマスク着用、屋内換気、テレワーク、買い物も少人数で出ること等々が示され、それが行われてきています。

 「新しい」の意味として、辞書では四通りくらいの紹介があります。できて間もない、これまでとは違う、これまでにはない進歩的で奇抜な、生き生きと新鮮な、などです。  
 「新しい生活様式」というのは、感染予防対策として策定された、できて間もない日常の過ごし方、という意味なのでしょう。

 思えば「新しい」は、近代から現代にかけてじわじわと市民権を拡張してきた言葉のひとつです。好感度の高い言葉として定着してきたのでした。
 大正期には、武者小路実篤とその同志により「新しき村」が開村され、萩原朔太郎が「せめては新しき背広をきて/きままなる旅にいでてみん。」(旅上)とうたっています。

 それに先行して石川啄木は、明治後期に「あたらしき」で始まる歌を10首あまり(『一握の砂』『悲しき玩具』)詠んでいます。その「新しき」モノは、ただハイカラに表現されているわけではありません。しばしば憂愁に満ちた気分や刺激的な香りや匂いに結びつけられていて、「新しき」モノが想起させる何かへのこだわりがうかがえます。
  『一握の砂』から一部引いてみます。

 あたらしき背広など着て
 旅をせむ
 しかく今年も思ひ過ぎたる

 新しきサラドの皿の  (注:サラダ料理のこと)
 酢のかをり
 こころに沁みてかなしき夕

 あたらしき洋書の紙の
 香をかぎて
 一途に金を欲しと思ひしが

 令和の我々を代弁して自粛から「給付金」欲求まで言っていると穿てば、新しすぎる読み方になってしまいます。ですが今日、「新型」の感染症だから、「新しい」生活様式が提示されたのです。

  明治期に西欧型の新しい文化が押し寄せたから、啄木は三行わけの散文的なスタイル、新しい短歌様式に傾倒したのでした。しかも、啄木歌は「新しい」モノの受け入れ難さをさまざまに示唆しているかのようなのです。新しい歌人であった啄木の自己矛盾だったとしても、その心情は伝わってきます。

  さて、今日の「新しい生活様式」は、どこへ行くのでしょう。ワクチンや抗ウイルス装置とかが開発されると、三行分け、ではなく、人と人との距離なんて等閑にされて、一極集中の都市は継続されるのでしょうか??




2020年06月14日 00時54分
「都の雨に」
 啄木『一握の砂』から三首。

 石をもて追はるるごとく
 ふるさとを出でしかなしみ
 消ゆる時なし

 はたらけど
 はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり
 ぢつと手を見る

 馬鈴薯のうす紫の花に降る
 雨を思へり
 都の雨に

 特に事情があるにしてもないにしても、故郷から遠く離れているということだけでかなしみの感情が抑えられないことがあります。
 「石をもて」の歌は、滅多に帰ることがない故郷をもつ者の胸を打ちます。  

 「はたらけど」は、勤労者の宿命をうたっています。
 彼の時代から今日までどれだけ多くの人々が、この歌を愛唱したことでしょう。

  自分に近づけて勝手な読みを許してもらうとします。

  どうしたものか上京して、働くだけ働いたけれども年金では暮らせないシニアになってしまった、なんとか工夫して余生は思うように暮らせないだろうか、という心境です。

 「馬鈴薯のうす紫の花に降る」という歌は、都に降る雨を目の当たりにして、故郷の馬鈴薯畑の雨の光景が脳裡に浮かび上がったということでしょう。
 ただ、目前の雨が何を濡らしていたのかは明らかにされていません。馬鈴薯の花は6月に咲きますが、実になっても落果しやすく完熟するのはごく僅かと言われます。しかも栽培には種芋を用いた方が有効です。
 雨に打たれている何かが馬鈴薯の花のようにあだ花のようなものとして幻視された、ということのようにも思えてきますが・・・。
 まあ、深読みはやめましょう。  
 
 今の自分が、ベランダやシェア畑で野菜の有機栽培ができるのはようやくのことです。ただ野菜に接していると、ふるさとに回帰するような思いがします。




2020年06月12日 13時16分
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