漫画家 中島 菊夫
  人と作品

資料撮影 ©大橋博之

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中島菊夫(1897[明治30]年10月8日~1962[昭和37]年4月21日)


 中島菊夫は、高知県出身の漫画家、教育者で、東京中野の自宅で生涯を閉じました。師範学校卒、太平洋画会洋画研究所出身。昭和期には、ヒューマニズムあふれる作風で知られていました。昭和7,8年ころから、『赤い鳥』に童画や漫画を描き始め、昭和10年より『少年倶楽部』に、漫画「日の丸旗之助」を連載します。忠誠を尽くし、情け深い施策を講じる旗之助は、広く受け入れられました。元々教員の経験があり、漫画を描けなかった戦中には、中野で教員を務めたこともあります。
 妻、さと子は、テレビドラマ「咲子さんちょっと」の原作者です。長男、靖侃も、イラストレイターとして活躍。中島家は、昭和のお茶の間の人気となったドラマのモデルともなったのでした。
 作品は数多くありますが、代表的なものは次のようなものです。
  日の丸旗之助 『少年倶楽部』、千代丸・八千代姫 『主婦之友』
  とんち裁判(集英社)                               (文中、敬称を略しました)